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二月覚醒

2009年02月02日 02:29

どうも、かみつきAです。

胸や頭が痛かったりでほとんどなにもしないまま2月になってしまいました。
二月覚醒、というわけで、今月は何かできればいいなぁと思っています。

ところで前から思っていたのが2月ってなんで日にちが短いのかなぁ…という疑問。
ずいぶん前に見た本で書いてあった気がしたので、読み直してみました。

ダレも気にしてないことだろうけれど、半ば自己満足でここで紹介します。

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喪失の体系

2009年01月17日 23:45

昨年、身近な人間が二人自殺した。一件目は大学の先輩で、二件目は親族。物心ついてから初めての人間の死が立て続けに二つ。どちらも死の数週間前に最後の連絡を受け、またこちらから連絡をしようと思った矢先に、彼らが自らの命を絶った旨の連絡がきた。

二人の人間の死去は、私に多大な喪失感を与えた。しかし現在はこうやって文章にして語ろうとすることができる。その程度、今の私はこれら喪失感の外部にいる。それと同じ程度に、私はこの二つの事件を自分の「経験」という言葉で表すこともできる。

生の「出来事」としての一件目は強烈で、しかし二件目はそれ程でもなかった。当時の自分の心情から言えばこのような差があった。更に時間が経てば悲しみはより薄れ、毎日の生活の中で捕らわれることはなくなっていく。彼らが自ら死を選んだ理由もじきに私の中で合理化され、私は彼らの死に理由を与える。良かれ悪しかれそれらの死には意味があったと納得する理由を与える。その作業を通して私は生の「出来事」から遠ざかり、喪の期間は過ぎていく。

だが落とし穴は、私がそれを言語化して語れない部分、つまり意味を与えることができない部分だ。私はそれに気付かないままに暗黙に喪の期間を続けていたらしい。失った者への敬意の故に、と精神科医は私に語った。
「出来事」の外部にいるつもりが、まだ中にいたという。そうして無気力になり、焦りも関心もなくなっていく。すでになくなったことに捕らわれ過ぎた余り、今あることに対する興味が失せる。

悪夢が繰り返すのは、それが完結していない夢だからだ。完結した夢は私にとって過去になり、私は夢の外部に立っている。現在としてそれを生きる限り、悪夢は続く。

個人的に経験する他者の死は、しかしまだ意味を与えて過去のものとすることは容易であるように思われる。ある個人の死は個別の死であり、その人の「特別な」死であるからだ。特別であることが他との差違を際だたせ、特別であるということはそれだけで意味があるからだ。

震災によってもたらされた約六千という死は、その数字の中へと均一に回収される。このとき「特別な」ものとされるのはその六千という死者一人一人の死ではなく、その六千という数字であり、多くの死者を出したその場所だ。社会の集団的主体性は出来事にそうした意味を見いだす。

災害の被害者からしてみれば不謹慎な話かも知れない。書いていて私自身そう思うところがないわけではない。
「あなたの大事な人が死んだのには、意味なんてないんですよ」
そう言われて憤るのは自然な感情の湧出だ。

「特別」であること、それが今の我々にもたらす救いは確かであるが、欺瞞の臭いもそこに感じることが出来ないだろうか。それはヒューマニズムの欺瞞であると言ってもいいかも知れない。人間主義、それは近年この国では個人主義として結実しつつある。個性という夢を集団的主体性はその成員に提供した。されど「特別さ」が他の「特別さ」の間でなおその独自性を保つことなど、それこそまさに夢だった。
そして、個人であれよ、という要請に応えられない、あるいは応えようとした結果この国の個人主義の構造の内にある矛盾により「そうありたい自分」と「現在そうである自分」が乖離した人間は、大元の集団的主体性すなわち社会から排除されるか・・・あるいは自ら距離を置くようになる。

言語化されない意味は、私の内部に息苦しい塊となって存在する。言語に先立って、意味は存在する。だが言語化された意味を強く求める文化がそうした不定形で正体の知れないものを黙殺するように促しているように思えてならない。
何かのショックにしたたころで、それを癒すのは実のところ私自身の内面の葛藤や整理ではない。ごく一般的な日常性が、言葉にならない意味を抱えたまま私たちをまた歩けるようにしてくれる。それがかつての現実という夢がもつ力であったはずだ。
だがその時代は終わり、大きな物語の時代は終焉を告げ、近頃は小さな物語の時代も終わり、我々の孤独はここに極まったと言える。その中で我々は何をするべきだろうか?少なくとも突出した英雄の時代ではないし、ましてや神になぞ頼れない。

無意味すらその中に回収する、夢を再構築する必要がある。


かみつきくんB


読書案内
岡真理『記憶/物語』岩波書店、2000年


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